福祉用具の山口です。
介護者が介護を諦めると言うことは何を意味するのでしょう。
歩けない人が再び歩けるようになることは、とても大変なことです。歩けない人には当然、相応の支援が必要になります。そして、再び歩けるようになるためには、想像を絶する訓練と気力、そしてそのための支援が必要です。介護者の負担と要介護者の努力とを乗り越えた先に、自分の力で送ることの出来る生活があるのです。
さて、では介護者が諦めると何が起こるでしょう。
結論から言うと、介護者が諦めた瞬間に要介護者は、「自分で歩くことの出来る生活」と「それに向かって努力する生活」とを一度に諦めることを強制され、「自分で歩くことをやめた生活」を強制されるのです。
これは歩く歩かないだけの問題ではありません。すべてのより良い、充実した、豊かな生活を諦めることを強制させることになるのです。
向上することをやめた生活。豊かになることがない生活。自分の力を発揮することのない生活。私はそれを地獄と感じます。
介護者は介護を諦めてはいけません。介護者による介護は要介護者にとってすでに生活や人生の一部であって、介護者はその責任を負っています。
ただし覚えておかなければならないことは、向上を目指し続ける生活も地獄になり得ると言うことです。歩けるようになる見込みの無い人がそれを自覚し、その上で歩く訓練をし続けることはモチベーションを保つことがとても難しい。さらにその訓練が強制されたものであれば、それは地獄ではないでしょうか。
そしてもう一つ。諦めてもいい介護者がいます。それは、今一人で介護に苦しんでいる家族です。家族は介護を諦めてもいいのです。
でも諦めるのならば、出来れば「要介護者の豊かな生活」ではなく、「要介護者の豊かな生活を自分で実現すること」を先にしてください。
我々介護職員はプロです。プロに任せることは悪いことではありません。家族介護で最も恐ろしいことは共倒れです。プロに任せることは自分を守ることにもなるのです。プロの介護職員は要介護者だけでなく、その家族を守るためにもいるのです。
プロは介護を諦めません。






